Machine-gun Talk! EX06

バスケ部の司令塔で数学が出来てサラサラストレートで面白い(繰り出される数々のダジャレを都合のいいように解釈するとこうなる)伊月くんは、モテる。そりゃもう大層おモテになられる。快進撃を続けているおかげで知名度もそこそこあるはずの誠凛バスケ部の中でもダントツなんじゃないだろうか。そしてあたしはそんな伊月くん含む誠凛バスケ部のマネージャーという名の雑用係である。あくまで本業は女子バスケ部キャプテンだと思いたい。

……まあ、要するに何が言いたいかっていうと、伊月くんはモテるのだ。人気があるのは結構なことなんだけれど、彼はあんな性格をしているので、告白されても承諾したりはせずネタ帳を見ると頬笑みを残して去っていくらしい。いやいやあんた告白の返事はどうしたよ。あたしからすれば「せっかく勇気を出して告白してくれてるんだからはっきり返事をしたほうがいいんじゃ……」と思える伊月くんのああいう謎めいた行動は、恋する乙女のフィルターにかかると「クールな上にミステリアスで伊月くんってなんて素敵なの!」という風に解釈されるらしい。ふむ。まさしく恋は盲目というわけだ。

「伊月くんって好きな人いたりするのかな?」

どうも恋する乙女というのは純情の仮面をはりつけて腹の底では打算が渦巻いている生き物らしく、度々こうやって伊月くんを筆頭としたバスケ部の情報を聞き出そうとする女の子があたしの元へやってくる。知らん。本人に聞いてくれ。そう言いたいのは山々なんだけれど、好きな人に近づくために是が非でも唯一彼らの近くにいるマネージャーの手を借りたいという心理は分かるような気がしなくもないので無下には出来ない。あと恋してる女の子って単純に可愛いからこれまた無下には出来ない。そしてべらべらと喋り出そうとした口をつぐんであたしは毎回あることに気づくのだ。

バスケのことに関してならともかく、彼らの個人的な趣向などに関してはあたしはほとんど何も知らないな、と。

全く知らない訳じゃない。日向くんは戦国武将が好きみたいだし、伊月くんはダジャレが好きだし、つっちーは彼女さんと幸せそうだし、コガくんはアボカドが嫌いだし、水戸部くんは家族の世話をするので毎日大変そうである。こういう情報を知っているのは知っているのだけれど、こう、何というか…もっと深くに入りこんだ趣向というか。例えば、好きな女の子のタイプとか。女の子の髪型はこういうのが好き、とか。実は○○フェチなんです、とか。一緒にバスケをするのには要らない知識だけれど、こうして健気な女の子を応援するときなど時たま必要になるときがやってくるのである。もちろん知らないことに関しては答えようがないので、あとでこっそり聞きだしてやろうと企みつつも素直に「知らない」と答える。すると、大抵こんな質問を寄越されてしまうのだ。

「じゃあいつもバスケ部の皆とどんな話してるの?」
「バスケの話だよ」
「…………」

呆れられてしまった。色気ねー!と思われたことだろう。仕方ない。だって本当に部活の話しかしてないんだもの。あの学校のセンターのディフェンスが凄いとか、最近はこの学校の勢いが増してきてるよね、とか、あとはコガくんと話すときには専ら「あの学校のマネージャーが可愛い」という話題で盛り上がる。色恋云々に関しては…伊月くんのモテ男っぷりをからかうときに「ねえ今まで何人から告白されたの」と問いかけるぐらいだ。こういう質問にも伊月くんは微笑むだけで答えてはくれない。こちらとしてもそれ以上詮索する気もないのでいつも会話の方向は違う方へと向かっていく。のらりくらりとかわされた挙句に上手いこと話題をすりかえられてる気は何となくしているけれど、話したくないことを根掘り葉掘り聞くのもなあ。親しき仲にも礼儀ありってやつだ。

それにしても。伊月くんに好意を抱いている女の子の存在はよく小耳にはさむけれど、伊月くん自身はどうなのだろうか。いつも冷静で的確な指示を出してくれる司令塔の彼だって一般的な男子高校生なのだ。青春真っ盛りの男子高校生なのだ。好きな人…とまではいかなくとも、気になる子、可愛いと思う子、ぐらいはいるかもしれない。

「伊月くんってさー、どういうタイプの女の子が好き?」

幸か不幸か伊月くんとは部室に来る時間が重なることが多い。今のうちに気になっていたことを聞いてしまおうと思って投げかけてみた質問に伊月くんは少し驚いた表情を浮かべた。少し遠くにいる伊月くんの表情がはっきり見える。いやいや、そんなびっくりした顔しなくてもいいじゃん。あたしだってバスケのことばっかり考えてる訳じゃなく人並みにこういう話題へも興味持ってたりするんだからさ。

「……どういうタイプって聞かれても」
「明るい子とか優しい子とかさー、色々あるじゃん」
「うーん……」

てっきりはぐらかされて終わりかと思っていたのに、伊月くんは真剣に悩み始めた。顎に手を当てて少し考えてから、考えがまとまったらしくこちらを振り向いて口を動かす。「あえて言うなら可愛い子かな」……可愛い子なんて道歩いてても学校にでも沢山いるじゃんか。「もうちょっと具体的に。詳しく頼む」「えー…」面倒くさそうな顔をされてしまった。いやでも、珍しくちゃんと答えてくれてるんだからここで引き下がる訳には……!

「気になる子とかは?いないの?」
「いるよ」

いるのか!これは思わぬ収穫を得た。どんな子か気になる。気になるけど、聞いても答えてくれないだろうなー。そんなホイホイ自分の情報について口割るようには思えないし。とりあえず「気になる子がいる」というところから更に掘り下げていくと、伊月くんは優しくて可愛くて小さい女の子が好きらしい。なるほど。可愛い女の子のテンプレート的なのがストライクな訳か。ダジャレのセンスが合う子、とか言われなくて良かった。そんなこと言われたらさすがに戸惑っちゃうからね!あとで好きなタイプ云々に関して報告してあげようと思って伊月くんに背を向けながらこっそりスケジュール帳に小さく書きこむと「ぷっ」いつの間にか真後ろにいた伊月くんが笑っていた。そのまま伸ばされた彼の手にスケジュール帳を奪われる。え?

「今度からメモするときはオレのイーグルアイで見えない範囲に移動してから書くことをオススメするよ」

……えええ?小さく書かれた「可愛い・優しい・小さい」の文字を目にして伊月くんはちょっとだけ口の端をつりあげる。そのまま彼の唇はとんでもない爆弾発言を落とした。

「まあオレがさっき言ったことの9割が嘘な訳だけど、……、」

残りの1割はどれだか分かる?問われて素直に首を振る。伊月くんはあたしの買いた文字を指でトントン、と叩いてから「気になる子がいるって言ったのは本当」柔らかく笑った。恐ろしく美人である。髪がサラッサラである。いや、というよりも嘘って。めっちゃ真剣に考えてたみたいに見えたのに嘘って。じゃあ何だ、伊月くんの好みは可愛い子でも優しい子でも小さい子でもなくて、また別の特徴を持ってる子なのか。分かんない混乱する。いやでも、気になる子…気になる子か…本当にいるんだ、なあ。可愛い子でも優しい子でも小さい子でもないなんて、想像もつかないや。

「……どんな子なの?」
「秘密」
「秘密!?ここまで暴露してくれたのに!?」
がオレともっと仲良くなれば分かると思うよ」

そんなこと言われても。今の段階でも十分仲良くさせてもらっているつもりだったあたしはどうすればいいのだ。どうやら伊月くんとの仲良し度にはまだまだ先があるらしい。分からない。ただあたしをからかって満足したのかはたまた新しいダジャレを思いついたのか、伊月くんはすごく楽しそうだ。…伊月くんのこと好きな女の子にこの一連の流れを報告したら「茶目っ気のある伊月くんも素敵!」なんてことになりかねない。…女の子に報告するのは、伊月くんのいうようにもっと仲良くなって相手の名前を聞き出せてからでいいかなあ。いいよね。スケジュール帳を返してもらうのと入れ替わるようにして伊月くんがネタ帳を取りだした。なんだ新作か。新作のネタが出来たのか。少し嬉しそうにネタ帳をめくる横顔を見て、例えまだ「気になる」程度の感情なのだとしても彼に想われてる女の子は幸せ者だなあ、と思った。

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