Machine-gun Talk! EX07

天気予報に嘘をつかれた。確かにおは朝のお天気キャスターが「今日の降水確率は30%です」と言っていたはずなのに、外ではザアザア音を立てながら雨粒が体育館の屋根を揺らしている。なんだこれ台風か。季節外れすぎる。自主練をしていた手を止めて、外の様子を見に行くと風は吹きまくってるわ横殴りの雨は降ってるわでこりゃ帰れそうにないな、と思った。あー…そういやこないだ教室に置いてきた傘があったかもしれない。少しの期待を込めて教室まで行くとあるはずの傘は忽然と消えていた。…この間の雨降ってた日に持って帰ったの忘れてた…。雨はまだまだ止みそうにない。さてどうしたものか。走って帰るのもアリだけど風邪引くの嫌だしなあ。誰か傘二本持ってたりしないだろうか。誰かがいることを期待しながら部室のドアを開けた。誰もいねええええええ……。見事に部室はすっからかんの状態だった。今日の自主練はあたしが最後だったもんなあ。着替え終わって帰るまでに雨がやむのを期待するしかないか。

いつもよりかなりゆっくり着替えて身支度をしたつもりだったのに、それでも10分とかからずに帰り支度は完了してしまった。雨脚は弱くなるどころかかえって強くなっている。うーん。どうしたものか。ぐるりと部室を見回すと視界に入ってきたスポーツバック。あれは確か日向キャプテンの鞄じゃなかったっけな。何となく気になったので携帯の着信履歴から日向順平の名前を探す。あったあった。ポチっとな!

「……もしもし」
「もしもしキャプテン?だけど、今日さー、まだ学校に残ってたりしてる?」
「あー、残ってるけど……」
「じゃあ部室で待ってるから一緒に帰ろうよ」
「一緒に帰ろうってお前、」

それ以上相手が何か言ってこないうちに通話終了ボタンを押した。日向くんはバスケをしているときとキレてスイッチが入ったとき以外は至って普通の人なので、バスケをやってないときにこういう態度をとっても「仕方ねーな」とか言いながら何だかんだで来てくれるのだ。鞄ここに置いてあるからどのみち取りに戻ってくるだろうしね。そのときにそれとなく傘を忘れたことをほのめかせば、運が良ければ入れてもらえるかもしれない。入れてくれる…よね?「一人で帰れや」とか言われないよね?あたしはキャプテンの良心を信じたいと思う。

ほどなくしてお目当ての彼は部室に戻ってきた。おかえりー。寝っ転がりながらひらひらと手を振ると日向キャプテンが顔をしかめたので、何だ何だと思いながら起き上がる。キャプテンに怒られるようなやましいことをした覚えは……

「どうしたの?」
「お前が頭の下に敷いてたもんは何だ」
「……日向くんのスポーツバックですね」

キャプテンの額に青筋が浮かんだから逃げようとしたけれど首根っこを掴まれて無駄な抵抗に終わった。ごめんなさいもうしません許して下さい出来心だったんです。寝心地良さそうだな、って思っちゃったんです。実際に寝てみたら水筒か何かでごつごつしてて寝心地はあんまり良くなかったんだけども。今は完全オフモードのキャプテンは部活のときのように怒鳴ったりせず、すぐに解放してくれた。助かった。そそくさと自分の鞄を背負って立ちあがる。「本当に一緒に帰るのか」そのためにこうして部室で待ってたんだから当たり前じゃないの。出口のところで傘を広げるキャプテンの隣りに肩を並べる。

「傘は?」
「忘れてきた」
「…………」

ハァ、とため息をついたあと無言で傘を少し傾けられた。入れ、ってことでいいんだよね。お邪魔しまーす。雨はまだまだ止みそうにない。何だか悪い気がして傘を持つ役目をさせてくれと申し出た。両手でしっかりと傘を固定する。自分よりかなり背の高いキャプテンの頭をかすらないように腕を上げるとアホの子みたいになった。笑われた。いや、そもそもこれはキャプテンが濡れないように色々と試行錯誤した結果なのであってだな、

「オレが持つからお前は鞄濡れないようにしっかり抱えとけ」

……ありがた迷惑だったかなあ。ひょいっと傘を奪われる。バスケやってる人の中では特別目立つほどの身長ではないけれど、こうして部活以外のときに近くいると改めて気づかされた。背、高いんだよなあ。木吉くんとか火神くんとかいるからあんまり実感しなかったけどあたしと何センチ離れてるんだろう。そりゃ日向くんの身長に合わせようとしたらアホの子みたいにもなる訳だ。自分のスポーツバッグが濡れているのにも初めて気がついた。いや、鞄が濡れないようにもうちょっと近く寄ればいい話なんだけど、傘忘れて入れてもらった上に鞄が濡れてないかの心配までしてもらって、その上スペースを占領するなんておこがましいにも程がありやしないか。遠慮してしまう。遠慮してしまうし、あんまり深く考えてなかったけどこれって俗に言う相合傘ってやつで、あたしが鞄を保守するために右側に寄ることによって腕とか肩とかがぶつかってしまいかねないほどの近さにいる訳で、その、……多少は意識してしまったりとか。日向キャプテンはしてないんだろうか。段々こういう思考をめぐらせていること自体が恥ずかしくなってきた。早く家に着いちゃえばいいのに。

の家ってどのへんだったっけ」
「ここから後5分くらい歩いたら着くよ。だからもうこの辺で……」
「送る」

正直に打ち明けてしまうと、帰路についてはあんまり深く考えていなかった。何となくいつもの習性みたいな感じで毎日通ってる道順通りに歩いていただけで。それより一回意識してしまうと腕やら肩やらに目線が行って仕方な……、いや、落ち着こう。平常心。平常心。いつもみたいに喋りつづけてればいいんだから。

「走って帰ったら3分もかからないから本当にここまでで大丈夫だよ。傘入れてくれてありがとうね。監督とバスケ部の皆には今日の日向くんの優男っぷりを明日にでもたっぷり話しといてあげるから!じゃ!」
「待て」

嫌です待ちたくありません。

「お前この間も走って帰るわ、つって結局次の日にプリント濡らしたとか何とかでオレに泣きついてきたのもう忘れたのかよ。あとお前女子なんだし濡れて風邪引いたりしたら困るだろうが」

過ぎたことを持ち出してトドメを刺そうとするのは卑怯である。こういうときにだけ女子とか言ってくるのも卑怯である。引きとめるついでに少し強めに後ろへと引っ張られて傘の中に再び引き込まれてしまった。失敗した。ものすごく失敗した。「傘半分持たせてやるから」そんなよく分からない気遣いをされても困るだけなのに。多分、今日は半年に一度あるかないかの日向くんが優しくしてくれる日なのだ。誠凛バスケ部のキャプテンとしてではなく日向順平として接してくれているのだ。だってキャプテンモードに入ってるときの彼にこんなに優しくされた試しがないもの。目線の斜め上で揺れる肩が濡れないように傘を握った手を伸ばしながらこっそり思った。

次の試合コガくんと共謀して日向キャプテンのこと未だかつてなかったぐらい盛大に応援してやる。せいぜいチームの皆の前で今日のあたしぐらい恥ずかしがればいい。ぐるぐる回る思考のせいでろくに足元も見ずに水たまりを踏んだあたしを叱る声はやっぱりどこか優しかった。ほんとに調子狂っちゃうなあ。

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