Machine-gun Talk! EX08

例えば部活が午前中に終わった日の午後だとか、休日だとか、テスト期間だとか、そういう部活以外のところでと会うと部活で会ったときより背高くなってるような気がするんだけどありゃ何故だ。前々からちょっとだけ気になっていた疑問を口に出してみると、姉と妹がいるのだと言っていた伊月は腹を抱えて笑いながら「ヒールだろ」との返事を寄越した。おい今のそんな笑うことでもなかっただろ。ヒール、と言われてもいまいちピンと来ないオレを見て伊月はくつくつ笑いながら「あの背の高くなる靴のことだよ」と言った。だからお前いい加減笑うのやめろって。

つーか、ヒールって、のイメージと違いすぎやしねえか。一年中スニーカー愛用してそうなのに。思ったことをそのまま言うと伊月は何故かまた少し笑った。何がそんなに面白いのかオレにはさっぱり分からないのだが。

くらいの身長だと高めのヒール履いててもおかしくないし、多分それで日向にはいつもより背高くなってるように見えたんじゃない?」

そうか。そんなもんなのか。部活に来るときのはスニーカーにスポーツバックという運動部丸出しの出で立ちで現れるから、私服姿が珍しくて背が高くなってるように錯覚してんのかと思ってたけどマジで背でかくなってたのか。あいつがヒールねえ…。あんまり詳しくねえけどアレだろ。モデルとかが履いてるオシャレアイテムだろ。女っ気のないオレ達バスケ部にとっては無縁の代物だ。ああいうのって歩いてるうちに足痛くなりそうなもんだが平気で階段とか上ってくんだから女ってすげーよな。ヒールか。全然知らなかった。それにしても、詳しいんだな伊月。

「姉妹がいると嫌でもこういう情報には詳しくなるもんなんだよ」

なるほど。何度でも言うが、女子が履くヒールなんてもんはオレには無縁の代物である。そしてそれほど興味をそそられる話題でもない。せいぜい「ふーん」と相槌を打つくらいだ。部室の外から聞こえてくる話し声に伊月は目を細めた。これだけ勢いよくありとあらゆることを話す女をオレは一人しか知らない。話し相手の声が一向に聞こえてこないということは不幸にもあのマシンガン馬鹿の無駄話に付き合わされているのは水戸部だろうか。騒がしい奴が部室に帰ってきた。話し相手はやっぱり水戸部。あー……こうして男子と並んでるところを改めて見ると、

「頼まれてたスポーツドリンクなかったからレモンウォーター買ってきたよ!」

……ちっせえんだなコイツって。

部活が午前で終わって出向いた買い物先でとばったり出くわした。私服だ。オレも私服だけど。あんな話を聞いた後だからか、自然と目線が足元に行ってしまう。今日もスニーカーじゃなくて何だあの、……サンダル?いや、サンダルじゃなくて何て言うんだこの靴。分からん。目線に気づいたが少し笑いながら「パンプスが気になるの?」と言った。そうだ。パンプス。まさかの口からそんなカタカナが飛び出してくるとは思わなかったオレはものすごく驚いた。友達との待ち合わせにはまだ時間があって暇をしているところだったから知り合いに会えて嬉しいのだと話すが数歩歩く度に履いている靴が音を立てる。話す距離がいつもより近い。あのヒールってやつのせいなんだろうけど。

「何かお前背でかくなったな」
「ヒール履いて誤魔化してるからね!」

得意げに答える顔を見てやっぱりヒール履いてたんだな、と一人で納得。

「あ、でもこの間コガくんと部活の前に身長測ったらちょっと伸びてたんだよ」

部活中に二人揃って何してんだお前ら……。これが部活中なら一喝してやりたいところだが、今は部活でも何でもないプライベートというか、まあ、部活は関係ない時間な訳で。怒鳴る代わりに何センチ伸びたんだと聞いてみると、

「6ミリ伸びた!」
「6ミリ!?」

ミリ単位では身長伸びたとは言わねえ。そう答えてやると「ミリ単位でも伸びてるもんは伸びてるんだよ」何でちょっとキレてんだ別に大したこと言ってねえだろオレは。自分ではそう思ったのだがにとってはそうでもなかったらしい。「これだから背が高い男子は…」とかぶつぶつ不平を言ってる。背が高い男子って、まあからしたら高いんだろうけど。木吉とか水戸部とか火神とか、もっと高い奴なんていくらでもいるだろ。あー…こいつ何センチくらい身長あるんだったっけ。監督より小さいくらいか。背の高いスタイルのいい女ってのも確かに良いとは思うけど、女子は小さくても可愛いんじゃないのか。無理にそんな歩きづらそうな靴履いてくる必要もないだろうに。分からん。ただ一つ分かるのはオレたちと部活で会うときの#名字#は間違ってもヒールとか履いてきたりはしないんだろうな、ってことで。ちらりと時計を確認してはもうすぐ友達と待ち合わせの時間なのだと言った。

「じゃあね日向くん、また明日部活で!」
「おう」

靴が違うせいか、それとも部活じゃなくて遊ぶことが目的だからなのか、慌ただしく駆けたりせずゆっくり歩いていく後ろ姿を新鮮な気持ちで見送る。と、思ったら振り向いた。こっちに手振らなくていいから早く行け。手で追い払うような仕草をしてやると数メートル先で笑いをこらえている顔が見えた。明日の部活のとき覚えてろよしばいてやる。あと、……うん。やっぱりあいつちいせえ。

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