Machine-gun Talk! EX09

コンビニで売ってるやつよりも少し高めのコーヒーゼリーを積んで「勉強教えてくださいお願いします」と頭を下げると渋りながらも伊月くんが承諾してくれたので、ただいま教室で勉強している訳なのですが。数学がね。うん。数学がね、…さっぱり分からん。最初は教室じゃなくて図書室に行って勉強しようと試みたんだけどテスト前なのもあって人がいっぱいで諦めたのだ。内心ほっとした。図書室よりも教室の方が、口を動かしていたとしても人に迷惑かけないだけまだマシだ。

集中力が切れそうになる度に伊月くんに昨日の晩ご飯の話とか火神くんと二号の話とかを持ちかけていたらとうとう「あー」とか「まあ」とか「うん」としか返事を寄越してくれないようになってしまった。伊月くんはネタ帳と試合記録と漫画雑誌を順番に読んで時間を潰している。あたしは熱心にルーズリーフにシャーペンを走らせている。そりゃもう熱心に。カリカリ、カリカリと。しかしずらりと並べられた数式があたしの行く手を阻むのだ。ああもう。この公式使ってここの数字求めたら後は簡単に解けるはずなのに。一体どこが間違っているというのだ。

「伊月くんヘルプ」

……諦めた。

斜め前の席に座って雑誌に目線を落としていた伊月くんが振り向く。あたしが書いた答案にざっと目を通してシャーペンを持ち上げると「、ここ違う。マイナス書き忘れてる」「あ」ほんとだ。全然気づかなかった…。マイナスを書き加えてさっきまでと同じ手順で数式を書いていく。お、これは……!

「うわー!できた!」
「お疲れ様」

何て素晴らしいのこの解放感!これで本日の課題は終了!やったね!……と思いきや。まだあった……。うわあ……あと一枚あったのかよ……もうプリント一枚分の問題解ける気力ないよ……。

机の上からプリントを退けてだらーっと上半身を机の上に預ける。あたしはどれだけ伊月くんを自分の都合に付き合わせたら気がすむのか。そうは思っても気乗りしないものはしょうがない。いや本当にわざわざ部活がないときにまであたしに付き合わされてる伊月くんの気持ちにもなれってもんだ。しかし数学が出来ないっていうかピンポイントで今回のテスト範囲が出来ない。助けてくれミスター器用貧乏……。

「監督とか伊月くんレベルとまでは言わないからせめてコガくんくらいには数学出来るようになりたい」
この前の数学のテストの点は平均超えてたんじゃなかったっけ」
「こないだのテストは得意な範囲だったからまだマシだったけどさ、今回は無理だよプリント激ムズだよ一向に答えに辿りつかないもん」
「そのプリントって提出するプリント?」
「提出したら平常点に加算されるんだって」

だから平常点稼ごうとして必死なんですよ今。ただでさえバスケで身体に鞭打ってるせいで授業中眠くて仕方ないっていうのに提出物もろくに出さないんじゃ学生の資格を剥奪されてしまう。それだけは勘弁。ちゃんとバスケやりきって引退したいし卒業もしたい。あ、でも留年したら黒子くん達と同じ学年か……それはそれで……。いや、やだけど。黒子くん火神くんと同じ学年って楽しそうだけど、つまり黄瀬くんとか緑間くんとか青峰くんとかのキセキの世代に対して先輩面ができなくなってしまうってことな訳で。想像しただけで恐ろしい。黄瀬くんは緑間くんはともかく青峰くんには既に同学年以下の扱いを受けている気もするんだけどね!

何考えてんの」
「……もし留年したらどうしようって考えてた」
「大袈裟」
「だってもし仮に留年したとしたら黒子くん達と同学年で伊月くん達が先輩ってことになるじゃん。想像しただけで恐ろしいよね」
「心配しなくてもカントクが意地でも留年させたりしないと思うぞ」
「そんなもんかねえ」

結局はあたしの努力次第って話だよね。大袈裟だっていうのは伊月くんが数学得意っていうか勉強が出来る方だから言えちゃう台詞なのだ。んー、バスケも大事だけどやっぱりちゃんと勉強もしなくちゃなあ。留年したくないし。文武両道、大抵の部活をやっている学生が憧れているその言葉の実態はシビアだ。そう考えている間もペンは動きを止めて、唇だけは忙しなく動き続けていて。ようやく話すこともなくなってプリントに再度挑戦しようとペンを握った矢先、伊月くんがボソッと呟いた。

に留年されたらオレが困るから数学頑張ってもらわないとな」
「……?何で伊月くんが困るのさ」
「違う学年だったらこうやって気軽に話したりできなくなるだろ」

あたしはどっちかって言うと、例え違う学年だったとしても伊月くんとは気軽に話す気満々だったので非常に返答に困ってしまった。

「確かに一々敬語使って話さなきゃいけなくなるのは面倒くさいよね」
「……そういう意味じゃないよ」

そういう意味じゃないらしい。じゃあどういう意味だ。分からん。コーヒーゼリーを食べながらどこかを見つめていた伊月くんは「あ」と一言もらすと筆箱の中からシャーペンを取りだしてあたしが必死で格闘しているプリントの隅に何かを書いた。ダジャレだ。気を抜いていたのもあって思わず吹き出してしまったら、伊月くんが髪を揺らしながら満足げに笑った。……同学年ってやっぱりいいもんなのかもしれない。

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