act.2

「アホかぁ!!」


その日、株式会社ムスビイ本社のとある会議室の一角ではプロバレーボールプレイヤー宮侑の絶叫が響いていた。


「何で俺より先に治が取材されてんねん!」
「そんなことを私に言われましても……取材先を選ぶのはテレビ局なので」
「出たちゃんのマジレス! まともに返してって言うてへんやん! ただのツッコミやねんから聞き流してくれてええねん!」
「そうですか。では、次からそうさせて頂きます」
「おう! そうして! ……って、そういう話しとるんとちゃうねん俺は! 治のテレビの話や!」
「治さんのお店が今度取材を受けるそうなので、その収録のときにずっと側で見守ってこられたご兄弟として宮くんに一言お店へのコメントを録らせてほしい、という件でしょうか?」
「そう! それ! 何で俺が治の店の宣伝でテレビ出なあかんねん! 先に俺に密着せえっちゅう話や!」
「ですから、私に言われましてもテレビ局が決めたことですので……」
「だからそのマジレスやめてって!」


まずい、どうにも話が進んでいかない。宮との打合せに同席していた明暗はかれこれ10分ほど同じようなやり取りを繰り返している二人に危機感を覚えたが、しかし彼自身も何故自分がここに呼ばれたのかいまいちピンと来ていないため口を挟もうにも挟めずただただ困惑の色を浮かべていた。明暗からの突き刺さるような視線を感じたのか、ちらりと時計を確認したが「それで、取材の日のスケジュールの件なんですが」と机の上に置いたスケジュール帳に目線を落としてから切り出した。宮のわめきやぼやきに付き合っているといつまでも話が進んでいかないとも判断したようだ。


「おにぎり宮さんは定休日が木曜日だそうなので、木曜日以外の日に宮くんと常連のお客様に取材をされたいというのがテレビ局の希望だそうなのですが、出来れば二週間後の水曜がいいそうで……宮くんはご都合いかがですか?」
「俺はいつでも忙しい」
「そうですか」


すっかりむくれてしまった宮を見たの目線が明暗へと向けられる。その「助けてくれ」とでも言いたげな目線に、明暗は自分がここに呼ばれた理由を理解した。ポケットからスマートフォンを取り出してスケジュールアプリを起動する。


「えーっと、再来週の水曜? ちょっと待ってな、……うん。試合はその前の日曜と火曜やからその日は特に何もないし、練習も昼から」
「ありがとうございます」


「それでは、二週間後の水曜午前が都合が良さそうですね」と呟いたがボールペンをスケジュール帳の上で走らせる。主役のはずの自身を差し置いて進んでいく打合せに「ちょお待てや」と不機嫌を露わにした宮が口を尖らせながら言った。


「俺はまだ一言も「取材受ける」って言うてへんで」
「……では、テレビ局の方にはお断りの連絡を差し上げてよろしいですか?」
「それは待って」


面倒くさ。じゃあ一体どうしてほしいねんと思ったのは明暗もも同じだった。出来るだけ抑揚のない声になるように努めながら「どうされますか?」とが宮に訊ねる。に向けられた明暗の目が「いつもこんなんの相手ばっかさせてごめん」と言っていた。それが私の仕事ですから、と諦めの境地に至ったをよそに、膨れっ面をしていた宮がへと声をかける。


「取材は受けたるわ、治の店が儲かるのはええことやし。でも、その代わりーーーー」
「その代わり?」
「次にブラックジャッカルに取材の連絡来たら俺の特集組んでもらえるようにして」


ビシッと指を立てながらそう言った宮には間髪入れずに「分かりました」と返事をした。なんだ、そんなことで良いのか。宮のことだからもう少し無茶な願い事をしてくるかと思ったのに、案外現実的なお願いで拍子抜けしてしまった。実際、宮の一つ上の木兎から宮の一つ下の日向までの三世代は活躍している選手も多く、『妖怪世代』として俄にバレーボール界を騒がせており、頻度はまだ少ないが取材の申入れが来ることもある。おそらく次の東京オリンピックにはブラックジャッカルからも多くの選手が招集されるだろう。そこで多くの結果を残せれば、天照JAPANの人気もうなぎ上りとなり、それに連動してブラックジャッカルの知名度やグッズの売上げが上がることも想像に難くない。そしてその立役者にルックスの良さで女性誌などで度々話題となることが多い宮が名を連ねるであろうことは火を見るよりも明らかだった。


分かりましたと言った手前、後から「やっぱりダメでした」となってしまっては宮の機嫌は急転直下してしまうだろう。この打合せが終わったらすぐに上司に確認を取ろうとは決心した。ムスビイにとっても所属選手の知名度が上がるのはいいことであり、断られはしないだろうけれど念のため。単独での特集が確約されすっかり上機嫌となった宮の顔とスケジュール帳を前に思考を続けているを交互に眺めながら、大事にならなくて良かったと明暗がほっと息をつく。しかしこの単独取材の確約が後に起こる事件の引き金となってしまうことに、このときの彼らはまだ気づく由もない。


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